5月例会のご案内

日時:5月28日(土) 14時~17時会場:大阪商業大学(U-メディアセンター(図書館)4F ネットワーク・レクチャールーム)
 
報告者1:若松大祐会員(京都大学研修員、学振PD)
「中華民国の自己像と雑誌『光華』:中華児女から新台湾人へ(1976-1999)」

【要旨】中華民国は第二次大戦後において、自己像を中国から台湾へ変えた。その際、官製の対外宣伝媒体は、どのようにして自己像の変化を整合的に説明したのか。本報告の目的は、特に『光華』という雑誌の記事への分析を通じて、この問いを解明することにある。戦後の中華民国政権は、自らの存在の正当性を内外に主張してきた。中華民国は対外宣伝に関する官製媒体を幾つか創設する。国際的な活動空間の確保のため、外務より「僑務」を重視したこともあって、1976年に『光華』が創刊され、以後の代表的な対外宣伝の官製媒体になった。2006年1月に『台湾光華』に改名して、現在に至る。本報告では、『光華』という官製メディアが、新聞局という連続する同一の出版者において、自己像を自由中国や正統中国から如何にして台湾そのものへ転換したのか。現代台湾史における自己像の変遷について、特に官製の論理における連続性を解明したい。

報告者2:村田省一会員(神戸大学大学院人文学研究科)
「植民地時期台湾における住民の地方行政参加 植民地時期後期の地方水道建設事業を例にして」

【要旨】日本植民地時代の台湾においては、1920年に地方行政改革が行われ、地方行政団体が整備される中で、日本の地方議会を参考にした協議会が各地方に設立された。しかしながら地方行政に対する台湾総督府側の影響力は依然といて非常に強大で、台湾人地方住民が地方行政に制度的に参画する場であった協議会は、当初は構成員が全て官選であった上に地方行政政策への決定権を持たない等、地方自治の観点からは極めて不十分なものであった。 台湾人住民の地方政治参加はこうして依然として大きく制限されていたが、一方で困難な制度的条件下においても、台湾各地において台湾人住民側は地方行政に対してなお、限られた制度的な手段を駆使する事で主体的な参加を模索していた。今回はこうした点を、1920年代以降に台湾の地方において建設が進んだ水道事業を例に取り上げて考察したい。植民地時期台湾の水道事業研究については、今まではどちらかと言えば建設技術的なトピックが主で、社会的、政治的観点からの考察はまた為し得る余地がある。水道事業の考察を通じて、当時の地方住民側は時として、植民地当局側が当地のための用意した諸制度をむしろ積極的に利用する事で、地方の利益を(限界があるとはいえ)主体的に達成しようとした形跡が見えてくると思われる。
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by yukiko_sakaida | 2011-05-16 08:14 | 月例会・総会案内
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