カテゴリ:月例会・総会案内( 81 )

7月例会のご案内

例会案内

以下の日程で7月例会を開催いたします。今回は、昨年岩波書店から刊行されました「シリーズ中国近現代史」のうち第2巻、『社会主義への挑戦 1945-1971』の合評会を行います。著者の久保亨会員にもご参加いただきますので、みなさま万障お繰り合わせのうえ、是非とも参加下さいますようお願いいたします。

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日時:7月9日(土) 14時~17時
会場:神戸大学経済学部中会議室(第三学舎西館一階)
交通:JR六甲道か阪急六甲から、神戸市バス36系統にて「神大正門前」で下車

前半:久保亨著『社会主義への挑戦 1945-1971』(岩波書店)合評会
     ・加藤弘之会員(神戸大学) 書評報告①
     ・和田英男会員(大阪大学大学院 書評報告②
     ・久保亨会員(信州大学) コメント
     ・自由討論

後半:久保亨会員 研究報告
     報告テーマ「1950年代の中国綿紡績業」

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なお、岩波新書「シリーズ中国近現代史」他の巻につきましても、各著者である会員を
お招きして、今後下記の日程で合評会を開催する予定でおります。請うご期待下さい。

■9月例会 9月24日(土)
  石川禎浩著『革命とナショナリズム 1925-1945』
   評者:副島昭一会員 他

■11月例会 11月19日(土)
  吉澤誠一郎著『清朝と近代世界 19世紀』
   評者:岡本隆司会員 他

■12月例会 12月17日(土)
  川島真著『近代国家への模索 1894-1925』
  評者:川井悟会員 他
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by yukiko_sakaida | 2011-06-27 10:18 | 月例会・総会案内

5月例会のご案内

日時:5月28日(土) 14時~17時会場:大阪商業大学(U-メディアセンター(図書館)4F ネットワーク・レクチャールーム)
 
報告者1:若松大祐会員(京都大学研修員、学振PD)
「中華民国の自己像と雑誌『光華』:中華児女から新台湾人へ(1976-1999)」

【要旨】中華民国は第二次大戦後において、自己像を中国から台湾へ変えた。その際、官製の対外宣伝媒体は、どのようにして自己像の変化を整合的に説明したのか。本報告の目的は、特に『光華』という雑誌の記事への分析を通じて、この問いを解明することにある。戦後の中華民国政権は、自らの存在の正当性を内外に主張してきた。中華民国は対外宣伝に関する官製媒体を幾つか創設する。国際的な活動空間の確保のため、外務より「僑務」を重視したこともあって、1976年に『光華』が創刊され、以後の代表的な対外宣伝の官製媒体になった。2006年1月に『台湾光華』に改名して、現在に至る。本報告では、『光華』という官製メディアが、新聞局という連続する同一の出版者において、自己像を自由中国や正統中国から如何にして台湾そのものへ転換したのか。現代台湾史における自己像の変遷について、特に官製の論理における連続性を解明したい。

報告者2:村田省一会員(神戸大学大学院人文学研究科)
「植民地時期台湾における住民の地方行政参加 植民地時期後期の地方水道建設事業を例にして」

【要旨】日本植民地時代の台湾においては、1920年に地方行政改革が行われ、地方行政団体が整備される中で、日本の地方議会を参考にした協議会が各地方に設立された。しかしながら地方行政に対する台湾総督府側の影響力は依然といて非常に強大で、台湾人地方住民が地方行政に制度的に参画する場であった協議会は、当初は構成員が全て官選であった上に地方行政政策への決定権を持たない等、地方自治の観点からは極めて不十分なものであった。 台湾人住民の地方政治参加はこうして依然として大きく制限されていたが、一方で困難な制度的条件下においても、台湾各地において台湾人住民側は地方行政に対してなお、限られた制度的な手段を駆使する事で主体的な参加を模索していた。今回はこうした点を、1920年代以降に台湾の地方において建設が進んだ水道事業を例に取り上げて考察したい。植民地時期台湾の水道事業研究については、今まではどちらかと言えば建設技術的なトピックが主で、社会的、政治的観点からの考察はまた為し得る余地がある。水道事業の考察を通じて、当時の地方住民側は時として、植民地当局側が当地のための用意した諸制度をむしろ積極的に利用する事で、地方の利益を(限界があるとはいえ)主体的に達成しようとした形跡が見えてくると思われる。
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by yukiko_sakaida | 2011-05-16 08:14 | 月例会・総会案内

※プログラム変更のお知らせ

 19日に予定されていますシンポジウム「中国における「議会」の可能性」につきまして、以下の報告が追加されることになりましたので、お知らせいたします。なお、シンポジウムの開始・終了時刻には変更はございません。

第3報告:西村成雄 会員(放送大学)「1946年民国政治:憲法制定権力の正統性流出」
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by yukiko_sakaida | 2011-03-18 13:34 | 月例会・総会案内

会員のみなさま

2011年3月11日に発生した東日本巨大地震による甚大な被害に遭われた皆様の苦哀に対して心よりお見舞いもうしあげます。また原発の損傷とエネルギー需要のひっ迫から立ち直り,一日も早い生活基盤の回復を願っております。

3 月19日~20日の研究大会と総会につきましては,前者が本会の研究活動のもっとも重要な柱であること,また後者は研究会事務局が一年の活動および来年度の方針について会員に対してきちんと説明し,研究会としての活動の意義を確認するための重要な機会であることから,予定通り開催することを検討中です。

ただ開催の場合につきましても、個々の報告者・コメンテーターにつきましては,やむを得ざる事情により交代ないし調整が必要となる事態も予想されます。この点につきましても,本研究会のームページにて随時掲載いたしますので,ご確認くださいますようお願いいたします。
会員のみなさまのご理解とご支援をお願いもうしあげます。

中国現代史研究会事務局(2011/3/16)
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by yukiko_sakaida | 2011-03-16 10:08 | 月例会・総会案内

中国現代史研究会2011年総会・シンポジウムのご案内

1. 1.中国現代史研究会2011年総会・シンポジウムのご案内2. *先日お知らせしました、2011年総会・シンポジウムについて、再度ご案内いたします。出席をお考えの方でまだご連絡をいただいていない場合は、2月15日(火)までに k.modernchina[a]gmail.com 宛にご送付くださいますよう、お願いいたします。
会員の皆様におかれましてはますますご清栄のこととお慶び申し上げます。 今年も中国現代史研究会では、下記の要領にて総会・シンポジウムを開催いたしますので奮ってご参加ください。

〈1〉プログラム
日時:2011年3月19日(土)~20日(日)
場所:ホテルクライトン新大阪(〒532-0011 大阪市淀川区西中島2-13-32) 

3月19日〈土〉13:40~
受付開始14:15 - 14:45
総会15:00 - 19:00 
シンポジウム19:15 ‐21:00
懇親会

【シンポジウム テーマ】中国における「議会」の可能性

【趣旨】  「人民の前衛党」を標榜し、「人民の意志」を正当性の根拠として 人民共和国を成立させた共産党は、建国後、各級の人民代表大会を組 織して形式的な正当性を調達しつつ、実際には、各級人民代表大会と そのもとで組織される政府を内側からコントロールする形で独裁を維 持してきた。毛沢東期には、社会の公民権をもつ構成員が「人民」と して均質であることを建前としたこともあって、このような政治体制 が問題とされることは少なかった。  しかし改革開放以来、社会が多様性を増し利害関係が複雑化してい る中で、この政治体制のもつ構造的な問題は次第に表面化してきてい る。党・国家は、すでに「人民の意志」を独占的に解釈・決定しうる 状況にはなく、国民に強制する能力も急速に失っているように見える。 だとすれば、論理的に言えば、社会内の複雑な利害関係を調整し、か つその調整を当事者に強制するためには、議会での議論と議決が欠か せないであろう。長らく「ゴム・スタンプ」と揶揄されてきた人民代 表大会に改めて注目が集まっていることには、おそらくこうした状況 が背景としてある。  しかし一方で、清末以来およそ100年の歴史を顧みれば、この社会 には安定して議会が機能した時期がないことも事実である。これはな ぜなのだろうか。中国がおかれてきた国際環境に原因があるのだろう か。政治文化、あるいは社会の性格の問題として考えるべきなのだろ うか。こうした視点から中国における議会の可能性を考えることは、 現在とこれからの中国を捉える上で必要であろう。以上から、今回の シンポジウムでは、人民代表大会の今日における変化を視野に収めつ つ、中国における「議会」の歴史的な在り方について考えてみたい。

【シンポジウム】15:00-

シンポジウム趣旨説明 
第1報告:加茂具樹 氏(慶應義塾大学)
   「現代中国政治のなかの人民代表大会―党の領導と民意の集約―」
第2報告:深町英夫 氏(中央大学)     
「民国政治体制の歴史的意義」
コメンテータ 滝田 豪 会員(京都産業大学)渡辺直土 会員(近畿大学)
質疑応答・討論司会 西村成雄 会員(放送大学)

3月20日〈日〉
9:00~ 自由論題〈Ⅰ〉
第1報告:楊 韜 会員(名古屋大学博士課程)
「近代湖南における雅礼協会の活動について」
第2報告:福士由紀 氏(総合地球環境学研究所・研究員)   
「農村社会と風土病―1950~60年代雲南省における日本住血吸虫症対策―」

13:00~15:50 自由論題〈Ⅱ〉
第3報告:松村史穂 氏(東京大学・院)
「1960年代半ば中国における食糧買い付け価格の引き上げをめぐって」
第4報告:辻 美代 会員(流通科学大学)
「中ロ経済関係の深化-木材貿易を中心に(仮題)」
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by yukiko_sakaida | 2011-02-27 16:33 | 月例会・総会案内

11月例会のご案内

日時:11月27日(土) 14時~18時

会場:大阪大学(豊中キャンパス)
法経大学院総合研究棟(地階,セミナー室C)


報告1:永野佑子(大阪大学大学院博士前期課程)

「古跡指定に見る台湾の歴史認識とその変容―日本統治時代の建築物を中心に」

【報告要旨】
1982年文化資産保護法が公布され台湾における歴史的建築物等が古跡に指定されることになったが、その条文には「中華文化の発揚」が目的であると明記されていた。翌年に第一級古跡
、1985年に第二級、第三級古跡が指定されるが、条文通りその中に日本統治時代の建築物は一つも入っておらず、その後も1990年代に入るまで同様の状況が続いた。1991年、日本統治時代の建築物として初めて台南地方法院が第二級古跡に指定されて以降、日本統治時代の建築物も古跡に指定されるようになったものの、1998年に至るまで、古跡に指定された日本統治時代の建築物はわずかであり、また日本統治時代の建築物が第一級古跡(1997年以降は国定古跡)に指定されることもなかった。本報告では1998年以前に古跡に指定された日本統治時代の建築物に着目し1991年に第二級古跡に指定された台南地方法院と、1994年に第三級古跡に指定された桃園県忠烈祠(旧桃園神社)の保存運動や古跡指定をめぐる論争や経緯を元に台湾における日本統治時代に対する歴史認識について考察する。台南地方法院をめぐる保存運動は1990年に起き、保存の手段として古跡の指定
が検討され 一度は認められなかったものの翌年古跡に指定された。桃園県忠烈祠をめぐる保存運動は1985年に起きたが当時はその歴史的価値を認めるものの古跡ではないとされ、古跡の指定が検討されることはなく1994年に古跡に指定された。

報告2:渠桂萍(太原理工大学政法学院副教授)

「国家、権力、隠形的支配力:20世紀華北郷村権力主角的社会分層及生成邏輯)」
(*中国語発表、原稿付)

【報告要旨】
清末の“地方自治”以来,村落権力の主役の地位・階層・所属は国内外に多くの論述があるが主要な成果は村の指導者エリートと土豪・ならず者の二大グループについてのものである。
その原因は,プレセンジット・デュアラの洞察に富んだ解釈やこれに反対するフィリップ・ホアン、李懐印らの学者の先行研究の存在であろう。筆者は、これらの先行研究に対し清末の新政から20世紀3、40年代以来、村の行政員のイメージは決して“郷紳”と“土豪”の2つでは単純に描くことのできないものであると考える。本報告では、“エリート”“郷紳”の他にもその社会的地位が、外部の特殊な能力による“能力型”の人材が公職を担い、また普通の貧民も脇役として参加したことを明
らかにする。また20世紀3,40年代には、多くの村が依然として“保護型”リーダーのエリートが公職の役割を担ったことを指摘し、フィリップ・ホアンや李懐印らの解釈とは異なる視点を提出し、国家の圧力と見えない支配力の間の緊張関係から新しい解釈を試みたい。最後に、従来の研究では、単純なマイナス評価しかなされなか った土豪やごろつき達に対し、彼らも村にある種の特別で非日常な“保護”を提供したこと、もし村の暗黙の了解、同意がなければ、彼らの意図は容易に思いどおり
にならなかったことを明らかにしたい。

報告3:史桂芳(首都師範大学歴史学院教授)

「詩歌と中日戦争:西南大後方の抗戦詩歌を中心に」


【報告要旨】
中日全面戦争勃発後、多くの知識人が重慶、昆明、桂林等西南大後方に移り住み、時代感覚に富んだ詩歌を創作した。詩歌は抗戦文学の庭の一輪の奇花であり中国近代文学史上に残る重要な一頁であるにとどまらず、中日戦争研究の重要な内容でもある。本文は中日戦争時期の西南大後方の詩歌を考察対象とし西南大後方の詩歌の形成、内容、特徴と作用を中心に分析し、新たな角度から中日戦争を理解するものである。
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by yukiko_sakaida | 2010-11-16 08:45 | 月例会・総会案内

2011年度総会・自由論題報告募集のお知らせ

中国現代史研究会は、2011年度総会・研究集会を、来年の3月19日および20日の両日に開催いたします。
つきましては、二日目(20日)に予定されております自由論題報告を、下記の要領で募集いたします。報告をお考えの方は、ぜひ奮ってご応募ください。



日時:3月19(土)、20日(日) (自由論題報告は2日目になります)
場所:クライトン新大阪
報告時間:お一人当たり1時間半程度(質疑応答・討論を含む)

募集締切:11月末日
連絡:上田貴子会員 uedanota#kindai.ac.jp 
高屋和子会員 ka10taka#ec.ritsumei.ac.jp  (#を@に変えてください)
*連絡はできるだけE-mailでお願いいたします。
その他ご存知の事務局員にご連絡頂いても結構です。
*応募者が多数の場合はご報告頂けない場合もございます。ご了承下さい。
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by yukiko_sakaida | 2010-10-17 17:23 | 月例会・総会案内

10月例会のご案内

日時:10月9日(土) 14時~17時
会場:大阪商業大学 、4号館 4F 442教室

報告者1:孫暁萌会員 (龍谷大学大学院社会学研究科博士後期課程)
「天津における日本の新聞活動―『庸報』(1926-1944)を中心として」
【報告要旨】
天津は中国北方の最も重要な経済中心であった。1896年に日本 が天津で租界を設けた。天津は上海に次ぐ、日本の新聞活動の 拠点であった。1899年から1945年まで合わせて32紙の新聞が創 刊された。その中でも強い影響力を持った新聞が『庸報』である。『庸報』は1926年に中国人董顕光がによって創刊された日刊新聞である。1935年を節目として、日本人が経営する段階に入ると、関東軍によってコントロールされた。さらに、1937年には国策通信社としての同盟通信社によって接収され軍部支配下の新聞となった。本報告は『庸報』の歴史と編集方針を考察することにより、戦時日本政府の対外宣伝の一側面を明らかにしたいと思う。

報告者2:吉田建一郎氏(大阪経済大学経済学部)
「向井龍造と満蒙殖産の骨粉製造、1909-31年」
【報告要旨】 20世紀前期、牛や豚をはじめ多数の家畜が飼養されていた中国で、複数の日系企業が骨粉の製造に従事した。この報告では、その中から1920年に大連を本社として設立された満蒙殖産株式会社に着目し、同社の創設過程と創設後の経営の推移を1931
年まで紹介する。同社についてはこれまで、第1次大戦後の恐慌や1920年代末の世界大恐慌の影響から経営が低迷したことが指摘されている。これに対し本報告では、1930年代初頭までの満蒙殖産の特徴として、次の2つの点を示したいと考えている。1つめは、1920年代から1930年代初頭の満蒙殖産の経営において、低迷と捉えうる局面は少なくなかったが、それは恐慌の影響のみにとどまらなかったということである。満蒙殖産が直面し克服することを迫られたのは、中国における政治、経済の変動、自然災害、日本内地の農村経済、経済政策の動向など多岐にわたっていた。2つめは1920年代から1930年代初頭の満蒙殖産の経営には、極めて緩やかながら好転の局面があったということである。好転の背景には、骨粉製造に重点をおいた経営方針の採用、原料骨買付コストを引き下げる努力、インドをはじめとする世界の骨粉貿易を取りまく状況の変化により中国産骨粉に対する日本内地からの需要が高まったことなどがあった。
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by yukiko_sakaida | 2010-10-02 11:17 | 月例会・総会案内

7月例会

以下の日程で7月例会を開催いたします。みなさまのご参加をお待ちしております。

日時:7月17日(土) 14時~17時
会場:神戸大学六甲台キャンパスの本館会議室(本館2F)です。
交通:阪急電車「六甲」駅、JR「六甲道」駅、阪神電車「御影」駅から、神戸市バス36系統「鶴甲団地」行き乗車、「神大正門前」下車


報告者1:松村史紀会員(大阪国際大学)
タイトル:「戦後秩序のなかの中ソ同盟(1945年)」

報告要旨

第二次大戦後、東アジアにおいて二つの柱からなる戦後秩序が構想されていた。一つが戦勝国間の平和であり、もう一つが戦勝国による敗戦国の管理であった。本稿では、1945年8月に成
立した中ソ同盟が、この戦後秩序を体現するものだったという点を考察したい。何よりもこの同盟は、条約本文において、国連の集団安全保障の地域的取極を構成するものとして位置づけ
られている。ところが、これまでの研究では、この同盟が平等か不平等かを主に論じてきた。そこでは、同盟の形成過程をたどるとき、両国が中国周辺地域の利権をどのように配分したのか、国府がどのような交換条件で利権配分に応じたのかに焦点が当てられてきた。控えめにいっても、集団安全保障としての同盟の性格を十分に考察してきたとはいいがたい。本稿では、中ソ両政府の公文書、日記などを利用して、同盟条約の成立過程を次のように考察する。ソ連は戦後秩序のなかの第二の柱―
戦後日本の復活を抑制する枠組み―を主軸において条約交渉にのぞんだのに対し、国府は第一の柱―戦勝国の大国間秩序を成り立たせるための中国の国家統一―を核において交渉をすすめた。両者の対照的な戦略が、あやうい均衡点にたどりついたとき、中ソ同盟がようやく成立した。

報告者2:坂井田夕起子会員(大阪大学法学研究科特任研究員)
タイトル:「文化冷戦と中国仏教:世界仏教徒会議における“中国仏教代表”をめぐる攻防」

中国共産党は中華人民共和国(以下、中国)樹立後、国内で徐々に宗教に圧力を加えていったが、一方で対外的関係においては、チベット問題が起きるまで、仏教外交を頻繁に試みていた。仏教は国際交流や学術交流などの国家レベルの外交において、漢民族の歴史や文化の「担い手」として重要な役割を期待され、他宗教に比べて国家からの「保護」をより多く受けた。このような事実はすでに足羽與志子【2005】によって指摘されているものの、具体的な分析は存在していなかった。近年、陳金
竜【2006】の研究によって仏教交流も中国外交の一環として位置づけられるようになったが、「仏教交流があった」ことをそのまま「中国外交への貢献」に結び付けている点など、依然初歩的な研究段階にある。本報告は、中国外交と仏教について、より立ち入った実証的な研究を試みるものである。分析対象とするのは、1950年以降現在に至るまで、およそ二年に一度、アジアの仏教諸国において持ちまわりで開催されてきた世界仏教徒会議である。この会議では主催国が権限を持つため、「中国仏教代表」の座を中国と中華民国(台湾)が争い、仏教外交を繰り広げたことが確認できている。この「中国仏教代表」の争いを分析することにより、冷戦時期の仏教交流を、単純な宗教交流や民間交流の枠組みを超えた、文化冷戦(Cultural ColdWar)の中に位置付けたいと考えている。
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by yukiko_sakaida | 2010-07-01 06:34 | 月例会・総会案内

5月例会のお知らせ(会場変更あり)

日時:5月15日(土) 14時~17時
会場:大阪商業大学u-メディアセンター(図書館)4Fネットワークレクチャールーム
交通、アクセス キャンパスマップ

報告者1:三品英憲会員(和歌山大学)
「【書評】金野純『中国社会と大衆動員-毛沢東時代の 政治権力と民衆-』」

報告者2:根岸智代会員(大阪大学院生)「1936年前半における「戦争不可避」言論に関する一考察」
コメンテーター:石黒亜維会員(大阪商業大学)

要旨1936年8月にアメリカで行われた第6回太平洋問題調査会の会議前、中国代表の胡適はアメリカの新聞社に「日本との戦争は不可避である」との発言を行った。本発表では戦争が不可避であると胡適が発言するに至った中国国内の言論を考察する。史料として『独立評論』を使用し、戦争不可避の発言へと中国国内世論が至った経緯を明らかにしたい。
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by yukiko_sakaida | 2010-05-04 11:01 | 月例会・総会案内